2018/12/15 17:05
随筆家の大村しげさんは、現代の京女を代表するひとりであった。首藤夏世さんらと「おばんざい」を世に広め、京都の庶民の暮らしを紹介した。その独特の言文一致体は、声にすればそのまま街なかの(庶民の)京女の話し方だった。もし大村さんが親しく接してくれなかったら、私は京都の暮らしになじめなかったかもしれない。
「大村さんは本にいろいろなお菓子を書いてはりますけど、どんなお菓子がお好きなんですか」と厚かましくたずねた時、
「そうどすな、『衣笠』いうお菓子どすかなあ、私はあんなのも好きどすなあ」と言わはった。
「衣笠」は、 花園妙心寺の北門前にある「亀屋重久」が作っている落雁である。落雁といっても、こしあんを中に入れた生地を型に押し入れて見た目は小ぶりな饅頭のようである。
その生地は、落雁であっても堅くはなく、甘いけれども甘すぎではなく、口に入れてみると、言葉ではうまく表現できない崩れ方と口当たりだ。
私の母がこの「衣笠」をたいそう気に入って、送ってくれと何度も頼まれた。介護施設で世話になっていた母の最期の日々、もうご飯もほとんど食べなくなったと聞き、母のベッドに行って「衣笠」を手に持たせたのだが、口に入れてはくれなかった。「衣笠」も食べられないのか… と私の心は重く沈んだ。
そして二か月後、母は亡くなった。
「衣笠」をに歯を立て、ほろりと崩れていくのを覚えると、「あの時、母の気持ちはどんなだっただろう」といつも思うのだ。
妙心寺は禅寺なのだが、この菓子も禅の雰囲気を十分に表している。
そういえば、大村さんが亡くなられた後、ここから西へすぐの袋中菴(当時は違う名前だったような気がする)でお別れの会が行われたのだった。